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人はなぜ過ちから学ばないのか~認知的不協和と確証バイアスの恐怖~

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 日銀が現在の金融政策を据え置くことを表明し、物価目標達成を2019年に改めましたね。ここまでくると、金融政策の効果というものに疑問がわいてしまいます。そもそも物価を上げるために、通貨の価値を下げるという考え方自体、現実が見えていなかったように思えます。収入が少ない身分層に対して、円の価値を物価が2%上がるまで下げ続けると言ったところで、だったら今のうちに買おうとなるとは到底思えないのです。普通に考えて、節約しようと思うでしょう。いつかは消費税も上がることですし、ますます購買意欲がそがれていくことは容易に想像できます。この状況下では、民間企業が値上げに踏み切ることは、現実的に不可能でしょう。

 本当に必要だったのは、現実的な金利と、労働環境の改善、将来の安定的な見通しの3本だったようにおもえます。格差こそが、デフレのもっともな原因といえないでしょうか。安倍首相にはもっと広い視野で日本を見てほしいですね。日本は製造業だけの国家ではないのです。


 おはようございます。出口の見えない異次元の金融緩和に、原発と似たような不安を覚える、若き野良犬こと、バフェおじさんです。
 今朝の話です。特に意味もなく気分が高まってしまい、再びスタートラインに戻ってまいりました。非常に残念でございます。

 そこで今回は、なぜ私が5日前に犯した過ちから学べなかったのかを、認知的不協和と確証バイアスの2点から、考察したいと思います。

認知的不協和による自己正当化
 認知的不協和とは、一般的に、自己内の矛盾に対する不快感、及びそれを解消するために行われる不合理な行動を意味して使われています。例えば、お金持ちの家の子を見て、本来なら羨ましく思って当然であるのに、お金持ちの親は厳しくて遊んでもくれないからと、むしろ自分は貧しくて良かったと合理化する、そういう感情であります。当然に、親の収入が低いからといって、優しいとも、時間があるとも限らないので、まったく合理化はできていないのです。

 今回の私のケースでは、一時的な苦しみに対して、安易で間違った解決方法を取りたいと考えてしまうことから、矛盾が生じます。私が苦しんでいるのはそもそも、その解決手段を禁じたゆえの結果であって、合理的な選択としては、耐えるために気を紛らわすなど、その手段をしない選択をするべきであります。
 しかし、私の苦しみを解消したいという気持ちが勝ってしまい、禁じることがもたらす悪影響について思考をめぐらすこととなってしまったのです。これは明らかに不合理な思考であります。苦しみを承知で禁じることが目的であったはずが、我慢もよくないと論点をすり替えているのです。
――――
wiki風に言うなら
認知1例外なく禁止している
認知2苦しくなる
認知1を間違いとし、条件を緩和する(前立腺がんのリスクが高まるなど理由づけ)
苦しみが解消され、矛盾が解消される

――――
確証バイアスによる情報の操作
 確証バイアスとは、人が自己の思考に都合の良い情報を集めがちになるというものです。前述した認知1をすり替えるための根拠となる情報についても、この確証バイアスが働いたと言えるでしょう。

 私にとって都合の良い情報=禁欲のデメリット、たまに解消することのメリット、を探してしまうということです。デメリットと反証を探しているのですから、当然にそれしか目には入りません。
 結果、私は認知1のすり替えを成功させるための根拠を手に入れ、一時的な欲を満たすことになったのです。


 人は皆、過ちを犯します。それでもそこから立ち上がる人と、なんども繰り返す人に分かれてしまうことも常であります。
 それはなぜか?その答えとして、認知的不協和と確証バイアスはよい材料となってくれるのではないのでしょうか。
 一日一日を生きるうえで、物事をどう弁識するべきか、われわれは常に考えていかねばならないのです。

”人間性に絶望してはなりません。なぜなら我々は人間なのですから”~Albert Einstein~


暑くなってきました。お体にお気を付けください。

”若き野良犬”バフェおじさん

ps,今回は男らしく吉川あいみさんです!!

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